英文契約書の長い一文で迷わない読み方|主体と係り受けを落とさない手順
本記事は英語学習を目的とした一般的な解説であり、個別の契約についての法的助言ではありません。実際の契約の検討にあたっては、弁護士等の専門家にご相談ください。
英文契約書を読んでいて、一番ひやりとするのは単語がわからないときではありません。文の構造を見失ったときです。
私自身、過去に義務の主体を取り違えかけたことがあります。知らない単語があったわけではなく、長い一文のなかで「誰が」を見失っていました。
この記事では、長い条項で迷わないための具体的な手順を書きます。
なぜ契約書の一文は長いのか
契約書の文が長いのは、書き手が凝った表現をしているからではありません。条件を限定し、例外を書き込み、適用範囲を確定させようとするからです。
結果として、1つの文に次のような要素が詰め込まれます。
- 主語(誰が)
- 述語(何をする)
- 条件(どういう場合に)
- 期限(いつまでに)
- 例外(ただし何々を除く)
- 準拠(何々に従って)
意味の骨格は「誰が、何をする」だけです。残りは全部、その義務の輪郭を削る作業にすぎません。ここを分けて読めるかどうかで、理解の速さと正確さが変わります。
危ないのは2か所だけ
長い条項で実際に失敗するのは、次の2点です。
1. 主体の取り違え
「〜しなければならない」と読めていても、その主語が自社なのか相手方なのかを読み違えていれば、理解は正反対になります。
契約書では当事者が実名ではなく定義語で書かれます。“Supplier”、“Licensee”、“the Receiving Party”。自社がどちらなのかは冒頭の当事者欄で一度決められるだけで、本文には出てきません。
読んでいる途中で「Licensee はうちだったか」がわからなくなるのは、経験のある人でも起こります。
受動態で主体が消えている場合はさらに危険です。
- Notice shall be given to the other party.
誰が通知するのかが書かれていません。文脈から補えることもありますが、補えると思い込むのが一番危ない。
2. 修飾がどこまでかかるか
もう一つが係り受けです。長い文では、修飾句や条件節がどこまで及ぶのかが曖昧になります。
- The Supplier shall deliver the Products and provide the Services in accordance with the specifications set forth in Exhibit A within thirty (30) days.
ここで問題になるのは次の2点です。
in accordance with the specificationsは、deliver だけにかかるのか、provide にもかかるのかwithin thirty (30) daysは、両方にかかるのか、片方だけか
読み方によって義務の中身が変わります。そして、こうした曖昧さは書き手の不注意で生まれることもあれば、意図的に残されていることもあります。
実務でやっている手順
私が実際にやっている方法を書きます。特別なことはしていません。
手順1:区切る
まず文を分解します。頭から訳そうとせず、構造の切れ目で区切ります。
区切りの目印になるのは次のものです。
- カンマ
- and / or
- 関係代名詞(which, that, who)
- 前置詞句の始まり(in accordance with, subject to, with respect to)
- 条件節(if, unless, provided that)
さきほどの例なら、こう割ります。
The Supplier shall
├ deliver the Products
└ provide the Services
in accordance with the specifications set forth in Exhibit A
within thirty (30) days.
こう並べると、「かかり先が確定していない」という事実そのものが見えます。読めないのではなく、文として曖昧だとわかる。ここまで来れば、相手に確認すべき箇所として扱えます。
手順2:主語と述語だけ先に取る
修飾を全部外して、骨格だけを残します。
- The Supplier shall deliver and provide.
これだけです。誰が、何をするか。ここを固定してから、条件を1つずつ戻していきます。
順番が逆だと、条件に引きずられて主体を見失います。
手順3:本当に重要な条項は、印刷してペンで線を引く
ここが一番言いたいことです。
金額や責任に直結する条項を読むときは、画面ではなく紙に印刷します。そして、ペンで線を引きながら読みます。
- 主語に丸をつける
- 述語に下線を引く
- 修飾句の始まりと終わりを括弧でくくる
- かかり先が不明な箇所に「?」を書く
アナログですが、理由があります。画面上では、目が文を滑ってしまうからです。スクロールしながら読むと、長い文の途中で前半の内容が抜けます。手を動かすと、物理的に飛ばせません。
そして括弧でくくる作業をすると、かかり先を決めずには線が引けないことに気づきます。曖昧な箇所が、作業の過程で自動的に浮かび上がる仕組みです。
全部の条項でやる必要はありません。最初に見る5か所で書いた、定義、義務、責任、期間、準拠法のうち、金額に効く部分だけで十分です。
手順4:曖昧なまま進めない
区切って、骨格を取って、線を引いても、かかり先が確定しない箇所は残ります。
そのとき、自分の読み方を相手に確認してください。「この within thirty days は、Services にもかかる理解でよいか」と聞く。
英語力の問題として恥じる必要はありません。文として曖昧なのだから、確認するのが正しい。そして、確認せずに進めたときのコストは、聞く手間とは比べものになりません。
この点は英語の会議でわかった気にならないことでも書きましたが、契約書ではさらに影響が大きくなります。会議の誤解は後から修正できますが、契約書の誤解は条文として残ります。
英語学習として積むもの
この作業を速くするために必要なのは、語彙ではありません。
- 構造を見抜く練習:主語と述語を先に取る癖をつける
- 定型表現のストック:subject to, provided that, notwithstanding などは毎回出てきます
- 同じ契約書を繰り返し読む:新しい契約書を10本読むより、同じひな形を5回読むほうが身につきます
3つ目が効きます。契約書の英語は範囲が狭いので、慣れの効果が非常に大きい。手元にあるひな形を1本選んで、上の手順で繰り返し読むのが一番早い訓練になります。
まとめ
- 長い条項で失敗するのは、主体の取り違えと、修飾のかかり先の2か所
- まず区切る。カンマ、and/or、関係代名詞、前置詞句、条件節が目印
- 修飾を外して、主語と述語だけ先に取る
- 重要な条項は印刷して、ペンで線を引きながら読む
- 画面だと目が滑る。手を動かすと飛ばせない
- 括弧でくくる作業をすると、曖昧な箇所が自動的に見つかる
- 確定しない箇所は、自分の読み方を相手に確認する
読めないのではなく、文として曖昧なことがあります。そこを見分けられるようになるのが、英文契約書を読む力の中身だと思っています。